デス・オーバチュア
|
太陽よりも光輝燦爛とした火の柱。 正視することも難しい黄金に輝く炎を纏うのは、巨大すぎる肉塊。 36枚の翼を持ち、無数の目が全身に埋め込まれている異形の塊だった。 ケテルド・メタトロン……いや、堕天使メタトロンの真の姿である。 天を埋め尽くすような巨躯である彼と対峙しているのは、彼の翼一枚よりも小さな存在、赤い外套を羽織った銀髪の男だ。 「ふむ、翼の王とは良く言ったものだな……いや、この場合、目玉の王と言うべきか?」 男……デミウル・アイン・ハイオールドはたいして興味なそうな表情で呟く。 「……で、わざわざ本性を見せてくれたところを申し訳ないが、少しどいてもらえないか、翼の王よ?」 翼の王というのはメタトロンの異名、36の翼と無数の目とこの世でもっとも巨大な巨躯を持つ天使を指す名だった。 「人間ごときが私に……我に指図するなっ!」 ケテルの体中の目から一斉に白い光が撃ちだされる。 白光の一つ一つが、人型の時のケテルの『天罰』以上の輝きと出力だった。 「そうだな、私は正真正銘、ただの人間だよ」 デミウルは自らの横の壁にそっと右手を添える。 「……決して辿り着けぬ黄金郷(エルドラド)」 彼の右手の手袋に埋め込まれた赤い宝石の中に六芒星が浮かび上がると同時に赤い閃光が迸った。 赤い閃光の後には、いくつもの轟音と黄金の輝きが世界を支配する。 「……なっ……なんだこれはっ!?」 ケテルが驚愕するのも無理もない、世界が……床も壁も天井も、周囲全てが黄金と化していたのだ。 さらに、デミウルの四方は黄金の壁が彼を守るようにせり上がっている。 「驚くことはない。触れた物を全て金に変える……この程度のこと、君達天使から見たら奇跡でも何でもない、ただの手品のような物ではないか?」 「…………」 そうだ、確かに男の言うとおりだ。 この男は周囲を黄金に創り変えたに過ぎない……そんな力は何の強さも持たない。 確かに、ある意味ではこの男の行ったことは凄いことだ。 石や銅を金に創り変えるなどということはメタトロンの奇跡……天使としての力を持ってしても不可能である。 従って、この男の起こした現象は奇跡以上の凄い力なのだが……それは戦闘ではまったく意味のない力だ。 金にして強化した壁で、天罰を防いだのだからまったく役に立たないわけではないが、所詮は守りの力に過ぎない。 「ふん、自らの墓場を黄金で彩ったか、強欲で醜い人間に相応しい行為だ。ならば、欲望の輝きの中で果てるがいいっ!」 ケテルは全ての翼をはためかせ、『神の息吹(神風)』を起こし、同時に『神鳴り(神雷)』を招き、さらに『神の瞬き(全眼球からの天罰一斉掃射)』を放とうとした。 風爆、稲妻、白光、全てが一斉にデミウルに襲いかかるのである、例え彼を守る壁が黄金でできていようと、神の力を宿した風と雷と光の集中砲火の前にはガラスの壁と変わらない。 あっさりと砕け散り、デミウルという存在を跡形もなく消し飛ばす……はずだった。 ケテルが集中砲火を放つ直前に、デミウルが右手で指を鳴らす。 直後、黄金の雨……数えきれない程大量の黄金の杭がケテルに降り注いだ。 「がっ……ぐっ……ああっ……」 体中を穴だらけにされながらも、ケテルはまだ死んでいない。 「ふむ、流石は最強の堕天使、この程度では足りないか?」 デミウルは再度指を鳴らした。 今度は天井からだけではなく、床、左右の壁、ケテルの全方位から黄金の矢や剣や槍が降り注ぎ、ケテルを貫き、串刺しにしていく。 「ぐおおおおおおおおおおおおおおおおおぉぉぉぉぉっ!」 ケテルの絶叫に構わず、黄金の武具達は休むことなく、ケテルに向かって飛来し続けた。 「……ん? 材料切れか。まあいい、最初から私は君には用もなければ、興味もない、ゆえにトドメを指す理由もない」 無限とも思えた武器の飛来が終わると、全身余すところなく黄金の武具で串刺しにされた巨躯が床に落下する。 いや、床だった所と言うべきか、床も壁も天井もすでに『無くなって』いた。 そこはもはや『部屋』ではなく、土と自然石だけの正しい自然の洞窟……大空洞の姿に戻っている。 「私はただの人間、錬金術師だ。剣士でも魔術師でもなければ、君のような人外の存在でもない。どこまでも弱く、ちっぽけな存在に過ぎない。それでも、やり方次第では君を倒せる……それだけの話だ。君が私より弱かったわけではない」 デミウルはそれだけ告げると、まだ微かに息のあるケテルの横を通り、洞窟の奥へと消えていった。 デミウルが姿を消してから数分後、その場所には、人型に戻ったケテル唯一人が大地に片膝をついていた。 「……お……おのれ……人間……がっ!」 今のケテルには立ち上がる力すら残っていない。 全ての力を再生に、生命の維持に回さなければ、一秒後には消滅してしまうのだ。 黄金の猛襲によるダメージは彼の存在を危うくする程に深刻なものなのである。 デミウルの攻撃が闘気も聖なる力も魔の力も持たない、純粋な物理攻撃だったのが救いだった。 もし、あの杭や武具に、ケテルの肉体ではなく、存在自体にまでダメージを与える魔属性の力でも込められていたら、ケテルは間違いなく消滅していたはずである。 堕天使や天使といった生物ではない高次元的存在にとって肉体はあくまで仮の器、どれだけ破壊されようが存在するための力さえ消費尽くさなければ『倒される』ことはあっても『滅びる』ことはなかった。 とはいえ、現状は一欠片の余裕もない、ギリギリの状態である。 後一回、黄金の雨が降り注いでいたら、全ての力を消費しても再生、再構築できないまでの物理的ダメージを負うところだった。 本来、物理的な力では滅ぼすことができない、天使や悪魔といったエネルギー体であり精神生命体である高次元存在を物理的な力だけで滅ぼす寸前までいったのである……デミウルの攻撃がいかにふざけているか、デタラメかがうかがえる。 「……なんなのだ……あの……人間……はっ……?」 強いとか弱いとかという根本的に別次元の存在に思えた。 一言で言うなら、反則。 周囲全てを自分の武器、支配領域に一瞬で創り変えてしまったのだ。 世界を、世界の法則自体を支配する者。 肉体の強度、運動能力、戦闘技術、魔力や闘気などのエナジー量は間違いなく人間レベルに過ぎないのに、最強クラスの堕天使である自分を凌駕する攻撃力を生み出した。 ふざけている、デタラメだ、そんな存在があっていいはずがない。 「存在するんだから仕方ないじゃないですか」 「なっ!?」 突然生まれた他人の声は、左胸を背後から貫かれる衝撃と同時だった。 ケテルの左胸から水色の半透明の美しい剣が突き出ている。 「デミウルさんにも困ったものですね。あなたとタナトス達が戦う姿も見てみたかったのに……」 背後を振り返るまでもなく、声だけで突然の襲撃者の正体はケテルには分かった。 「……コクマ、貴様っ! ぐがあぁっ!」 背後を振り向こうとしたケテルを、剣が捻られる痛みが押しとどめる。 「あなたの恨み顔なんて見たくもありませんから、そのまま振り向かずにさっさと消えてくださいね」 水色の剣がぐりぐりと捻られ、その度に耐え難い激痛がケテルを襲った。 「……な……なぜだ……なぜ、こんな……?」 「なぜ? あなたは私を信用していなかったんでしょう? いつ裏切るか、何を考えるのか分からない、あなたにとって私はそう言った存在だったはずですよ。それがいざこうして裏切られると不思議なんですか?」 「ぐっ……ぅ……」 「まあ、別に裏切ったも何もないんですけどね。ただ単に、あなたはもう用済み、邪魔なんですよ。そのダメージではもうタナトス達と戦えないでしょう? だったらもう、あなたに生きてられても邪魔なだけなんですよ。下手にあなたにウロチョロされてファントムの華々しい終幕を乱されても困りますから」 「……終幕だと!?……貴様、やはり、組織を……アクセル様さえ……裏切っ……」 「だから、裏切るとかそういうじゃないんですよ。あなたの世界……価値観では言っても理解できないでしょうね、私とアクセルの関係は……さて、では、そろそろお別れですね」 「おのれれえっ! コク……」 「高次元存在を『滅ぼす』には、精神……エーテル、アストラル、魂、要は物資的な肉体を破壊するだけではなく、存在するためのエネルギー自体を消費尽くさせなければならない。そう言った意味ではこの真実の炎(トゥールフレイム)はとても便利ですよ。相手の精神だけを灼き尽くせるのですからね」 ケテルの左胸から水色の炎が吹き出し、瞬時に彼の全身を水色の炎が包み込む。 「許さん……貴様だけは……」 「ええ、お好きなだけお恨みください。霊体も魂も全て消滅するのですから、幽霊になって祟るのは無理でしょうけどね」 「マルクト……後は……」 「安らかにお眠りなさい、幻影の下僕よ」 コクマが剣を抜くと同時に、ケテルの体が十字に切り裂かれた。 「ああ……ああああああああああああああっ!」 マルクト・サンダルフォンは目覚めると同時に絶叫した。 「どうしたの?」 マルクトの悲鳴で叩き起こされたリンネは唖然と、大地に蹲るマルクトを見つめる。 深い眠りから強引に覚醒されたばかりで、彼女の思考力もいつも通りにはまだ働いておらず、マルクトがなぜ苦しんでいるのか、見透かすことはできなかった。 マルクトは右手で右目を、左手で右肩を押さえながら、叫び、大地をのたうち回っている。 「巨鳥に変じる時以上の神聖気……?」 マルクトの左肩から、膨大な銀光が吹き出し、銀色の天使の翼を改めて構築した。 さらに、彼女の右肩から金色の光が溢れ出す。 「ああっ! 兄さんんあああああああっ!」 溢れ出し、荒れ狂った金色の光が、マルクトの右肩に金色の天使の翼を構築した。 銀と金の色違いの翼がこの世のものとは思えない神秘的な輝きを放つ。 「……兄さん……貴方の無念……確かに受け継ぎました……」 ゆっくりと立ち上がったマルクトの右目の色は銀色から金色に変色していた。 「そう、兄、メタトロンの力を取り込んだのね」 リンネが全てを察したように呟く。 いつもどおりの思考力を取り戻した彼女には、今、マルクトの身に何が起きたのか、推測することができた。 サンダルフォンはメタトロンの女性体、別の一面、同一人物の別名などと解釈される程に、繋がりの深い天使である。 その繋がりの深さはただの兄妹(兄弟)、双子の比ではなかった。 「はい、私達は二人で一人……どちらかが滅びされば、残った方に全ての力と知識、記憶は伝承されます……」 マルクトの声は落ち着きを取り戻している。 いや、マルクトの静かなる怒りを表すかのように、怖いぐらい、冷徹な声だった。 「私達は不完全な天使、二人が同化することによって初めて完全な天使になれる……」 マルクトが微かに体を揺らすと、右の金色の翼が消え、右目の色が銀色へと戻る。 「外見は元のマルクト・サンダルフォンに戻しても、力は変わらず今までと段違い……サンダルフォン+メタトロンで二倍の神聖気なんて甘いものじゃない……2乗、3乗……いいえ、もっと桁違いに跳ね上がったわね。ふふ……もう簡単に勝てそうにないわね」 「…………」 マルクトは、リンネの言葉には答えず、大地に転がっている折れた刀と、鞘を拾った。 そして、そのまま、洞窟の入り口に向かって歩き出そうとする。 「……と、待ちなさい」 リンネはマルクトを呼び止めた。 「……何か? まだ戦うと言うのですか? お互いにもうその必要性は……」 「ふふ、違う違う。ちょっとサービスというか、お詫びというか……ほい」 リンネが指を鳴らすと、マルクトの手にしていた刀が折れる前の姿に一瞬で再生される。 「これは……」 「ふふ……再生でも作り直しでもないわ。ちょっと折れる前の時間に状態を戻しただけ……敵討ちに行くのに、折れた刀しかないんじゃ困るでしょう?」 「……感謝します」 少しの間の後、マルクトは深々と頭を下げる。 「ふふ……折ったのは私だしね、恩に着ることはないわよ。さあ、もう行きなさい」 「…………」 マルクトはもう一度、リンネに一礼すると、洞窟の中に入っていった。 「……さて、寝ている間にかなり物語が進んでしまったようね……」 リンネは古ぼけた書物を懐から取り出す。 「ふふ……もう、私の出番なんて残ってないかもね……」 その書物は、持ち主が寝ている間にも、この世界で起きた全ての『歴史』を記録してくれる、とっても便利な書物だった。 一言感想板 一言でいいので、良ければ感想お願いします。感想皆無だとこの調子で続けていいのか解らなくなりますので……。 |